ドイツ二都市で開催された「反原発とヘイトクライム」講演会

2018年3月16日

2015313日、ドイツ西部の都市デュッセルドルフで、公益社団法人「さよなら原発デュッセルドルフ」が「のりこえねっと」代表・辛淑玉(しんすご)氏を講師として迎え、『反原発とヘイトクライム』と題する講演会を開催しました。 

講演内容は、(1)放射線量について、(2)甲状腺がんについて、(3)妊娠・出産について、(4)被曝死・被曝を連想させるものについて、(5)食品の放射線汚染について、数多くの不正確な情報や著しく誤った印象を与える表現が含まれていました。また同年310日にも、同演者による講演が首都ベルリンにおいて行われました。

経過

デュッセルドルフでのドイツ語通訳付き講演会の様子は、不正確な情報や著しく誤った印象を与える表現を数多く含んでいるにもかかわらず、内容が訂正されることも注意書きが加えられることもないまま、現在もインターネット上で共有されつづけています。 

辛淑玉 (しんすご) 講演会 『反原発とヘイトクライム』前半
http://youtu.be/FlDldjp2yJI  

辛淑玉 (しんすご) 講演会 『反原発とヘイトクライム』後半
http://youtu.be/X14Zt3kHUq4  

講演内容と検証

以下、講演会中の発言の不正確な情報や著しく誤った印象を与える表現を大まかに、(1)放射線量について、(2)甲状腺がんについて、(3)妊娠・出産について、(4)被曝死・被曝を連想させるものについて、(5)食品の放射線汚染について、の五つの項目別に分類して引用し、検証します。 

(1)放射線量について

これは私が測った線量計です。見ていただくとわかる通り、線量計の針が振り切れています。30μSv(マイクロシーベルト)。放射能というのはどんなに少ない線量であっても、人間の体には毒です。通称、0.2 μSv、これ空間線量といいます。外の線量と、食べたときに入る、その、中の、あの、内部被曝がありますが、その空間線量で0.2、であるともう一年間に規定の放射線量は超えてしまいます。ですから30 μSvというのは、もうそこで居ることが許されない。(前半29分頃)

どこでいつ計測したのかを明らかにせず、正しく用いられたかどうかもわからないGMサーベイメータの写真を見せて、福島を「高放射線地域である」と訴えるのは著しく誤った印象を与えるものです。 

また、「放射能というのはどんなに少ない線量であっても、人間の体には毒です。」とありますが、私たちの体には、成人男性で約4000Bqの、放射性カリウムをはじめとする放射性物質が含まれています。また、大気や地面、自然界のものすべて、もちろん食べものにはすべて放射性物質が含まれています。 

さらに、空間線量率が30 μSvの場所を通過したり、少しの時間いたりしても健康影響はありません。累積100mSv(100,000μSv)未満の被曝による健康への影響は、一般的な日常のなかにある他のリスクに埋もれてしまうほどに小さいために、明確なリスクが確認できません。

そして日本の国土の3%が人の住めない土地になりました。(前半35分頃)

福島県はすべての土地をあわせても、日本の国土面積の3.6%です。したがって、ここでいう「3%」は福島県の83%に相当する面積になります。原発事故後、徐々に避難解除が進められ、2015年の時点で法的に居住を制限された帰還困難区域は福島県全体の23%ほどですので、この発言は正しくありません。

参考リンク 

避難区域の変遷について-解説-
http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/cat01-more.html

そして、原発は今まで安全だ、と言ってきました。これは「原子力明るい未来のエネルギー」(注:と標識の門)。ご覧の通り、もう誰もいません。そして今では、「原発は安全だ」はもう嘘になったので、「放射能は安全だ」という風に言い始めました(注:スクリーンに映し出されている書籍名は『福島は安全だ』)。だから色々と心配する輩は、心配するから体が悪くなるんだ、と。ぬくぬくとそういうことを言ってのけたのです。そして「福島は安全だ、すぐに家に帰ろう」という、こういった右派のキャンペーンも始まっています。(前半38分頃)

「誰もいない」のは、この看板の地域が帰還困難区域に指定されたからで、ほかの地域には人が住んでいます。 

また、避難指示解除は行政が最終決定します。その際、線量測定と生活インフラの最低限の整備、また住民との合意を経ています。 したがって、このような陰謀論は非科学的なばかりか、福島の住民、また帰還を選択し、ふるさとで生活を再開することを決めた人々への中傷にあたります。

で、最大の問題は、そこに人々が放置されたということです。線量の高いところで。その線量の高い所も、ここからここまでではないんです。こことかあそことかこういう風になっているわけです。(前半44分)

「そこに人々が放置されたということです。線量の高いところで」とありますが、線量の高いところは避難指示が出ました。立ち入り禁止のバリケードもつくられ、立ち入りもできなくなっていました。

また、福島県には約3700箇所のモニタリングポストやリアルタイム線量計が設置され、計測結果は常時公開されています。20113月の福島第一原発事故以降、福島県における放射線の空間線量は下がりつづけており、現在の福島県の多くの地域では年間追加被曝線量が1mSvを超える状況にありません。 

2015年の時点ですでに、福島市や郡山市とポーランドやベラルーシやといった海外の国の空間線量に大きな差はないことが、各地の高校生が早野龍五・東京大学教授(当時)の助力のもと発表した論文で明らかになっています。

参考リンク 

Measurement and comparison of individual external doses of high-school students living in Japan, France, Poland and Belarus—the ‘D-shuttle’ project—
https://doi.org/10.1088/0952-4746/36/1/49

(2)甲状腺がんについて

どもの小児がんは、普通百万人に一人、でもまぁめずらしい、と言われているもの。それが30万人に落として、もうすでに百人以上出ています。これが、こどもたちが出てきた地域、小児がんのこどもたちの疑いのある地域。(前半46分頃)

福島のこどもが甲状腺がんに罹患する割合が、他の地域のこどもに比べて増えたという根拠はありません。甲状腺がんは非常に進行の遅いがんで、多くの人が症状に気づかずに他の病因で亡くなるがんです。 

現在統計に出ている罹患者の割合は、「症状を訴えて受診した患者」のものであり、この症例数と、福島で現在行われている「超音波で無症状者を対象とした集団検査」でみつかっている症例数とは別のものです。また、福島の子どもたちの甲状腺がんは、「原発事故に由来する放射線被曝の影響とは考えにくい」というのが国内外の専門家の合意です。 

(3)妊娠・出産について 

 たとえば、自分の親戚や身内が、福島の人だ、というだけで、「あの地域はがんになるかもしてない」とか、だからまずは結婚差別が来ます。それから次に来るのは就職差別です。その差別を前にして、「自分は被曝していることを言わない」という風に決めた人たちが、沢山います。放射能というのは遺伝子を直撃します。ですから、壊れた遺伝子が、自分の代に出るのか、子どもの代に出るのか、その後に出るのかがわからないんです。そしてそれを、因果関係というものを立証することは、じつは私たちにはできないんです。だから、差別に耐えなければいけない。(前半48分頃)

この妊娠・出産に関する発言は、住民自身の恐怖や不安を強く煽り、県外での偏見や差別を生むものです。この発言のなかで辛淑玉氏は、「福島の原発事故由来の放射線により、福島の人々の遺伝子には突然変異が起きた」と断定しています。しかし、福島第一原発事故後に福島の住民の遺伝子に突然変異が起きたという科学的根拠はありません。まして、福島で次世代へのなんらかの影響が出ることはまったくありえません。

次世代への影響に関しては、201791日に日本学術会議の臨床医学委員会放射線防護・リスクマネジメント分科会により報告された「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題現在の科学的知見を福島で生かすために」の報告書では、UNSCEAR(国連科学委員会)の各年度白書を引用した上で、「将来、被曝の影響によるがんの増加が予測されず、そして被曝による先天性異常も遺伝的影響も考えられない」と結論付け、とくに「次世代への影響が考えられない」ということに関しては「科学的に決着がついている」とまで明言しています。 UNSCEAR(原子放射線に関する国連科学委員会)2013年報告書が「すべての遺伝的影響は予想されない」と明言しています。(http://www.unscear.org/docs/reports/2013/14-02678_Report_2013_MainText_JP.pdf)【2018.4.4修正

(4)被曝死・被曝を連想させるものについて 

全国の警察官は二週間来て帰ります。だけども、福島の警察官はずーっと同じ服を着て、延々と被曝をしつづけます。<中略>そして、目に見えない放射能です。私がここに来る前に、私の知人の警察官の若者は自殺をしました。しかしそれが新聞記事に出ることはほとんどありません。(前半26分頃)

防災業務関係者(警察、消防、自衛隊)の平成23312日~331日における累積被曝線量(2,967人)のうち約6割は、当該期間の累積被曝線量が1mSv未満であり、3mSv未満の人は約9割でした。さらに警察・消防隊員に限ると1mSv以下が88%、2mSv以下が99%でした。一日当たりの被曝線量データが存在する人々の一日当たりの被曝線量は、2011312日が最高でその後減少傾向にあり、318日以降は一日当たりの被曝線量は全体として0.1mSvを下回っています。

参考リンク 

オフサイトの防災業務関係者の安全確保に関する検討会
http://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/yushikisha/yushikisha.html

また、「知人の自殺」と放射線は無関係です。ちなみに、福島第一原発事故による放射線被曝の直接影響での死者はこれまで0人です。 

たとえば農家の話をしましょう。福島と言うのは本当に日本で一番美味しい食べ物が、日本で一番採れる所でした。それが、大地も、木も、作物も全部汚染されたわけです。彼らは被曝をしながら一生懸命、土地を、その、除染といって、土の入れ替えをし、皮を剥ぎ、木を一個ずつですね、線量が低いようにするために、被曝しながら、自分の農地を、こう、再生させようとしました。(前半33分頃)

 「被曝をしながら」とありますが、高線量なら作付けできませんし、居住もできません。 

ちなみに、福島県では県民に対し、原発事故の発生した平成23年から、体内に存在する放射性物質を体外から計測する装置「ホールボディーカウンター」で内部被曝検査を行っています。事故の発生した平成23年に県民33万人弱に対して行った内部被曝の検査では、全体の99.9%が1mSV以下でした。 

(5)食品の放射線汚染について

日本の放射量はアメリカの方までしっかり汚染しています。そしてこちら海です。そして食物連鎖といって、沢山の放射能が、どんどんどんどん濃縮されて、海に流されていきます。ですから小さな魚から、どんどんどんどんどんどん、より放射線量の高い、大きな魚へと多くの放射線量が蓄積されていきます。(前半31分頃)

生物濃縮は排尿などで体外へ排出されにくい化学物質で起こります。放射性セシウムは代謝されやすく、カリウムなど他のミネラルと同様に50日程度で半分が魚の体外へ排出されます。 

また水産庁は、原発事故以降、福島県および近隣県の主要港において、水産物を週1回程度これまでに11万弱の検体の水産物をサンプリング調査しています。調査結果によりますと、基準値超えは減少しており、平成2710-12月期では0.1%まで低下しています。なお、基準値を超過した水産物については、出荷制限や採捕自粛等の措置がとられ、市場に流通することはありません。

参考リンク 

水産物の放射性物質調査の結果について
http://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html

最初は放射線に汚染されているから、国や県が農作物を買い取りました。だけども、自分で一生懸命に被曝して、放射線量を下げたその作物は、今度は、売れないのは、マーケットのせいであり、放射線のせいではないということになったのです。(前半33分頃)

福島や近隣県の食品が震災後売れなかったのは、放射線のせいではなく風評被害のためです。 

本当は、東京も含めて沢山の汚染がなされています。ですから本当は日本の全部の作物を調べなければいけないけども、日本はそれをやっていません。(前半35分頃)

福島第一原発事故直後から、厚生労働省により食品には厳しい基準が定められ、全国の各自治体などでも食の安全性は厳密に管理されています。(ちなみに、講演後の平成29年の報告では、いずれの自治体等でも基準値超過はありませんでした )

参考リンク 

食品中の放射性物質の検査結果について(第1050報)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177064.html

オリジナル原稿

本記事のオリジナル原稿に、民族差別的な表現があったとの誤解がありますが、そうした事実はありません。下記のオリジナル原稿をご確認いただけますと幸いです。

https://megalodon.jp/2018-0316-2132-47/fukushima.factcheck.site/life/1497

補記(2018.3.31)

以下に、2014年4月にウィーンで、翌5月に福島と東京で公表された「UNSCEAR2013報告書」のポイントをあげます。

(1)福島第一原発から大気中に放出された放射性物質の総量は、チェルノブイリ原発事故の約1/10(放射性ヨウ素)および約1/5(放射性セシウム)である。

(2)避難により、住民の被ばく線量は約1/10に軽減された。ただし、避難による避難関連死や精神衛生上・社会福祉上マイナスの影響もあった。

(3)公衆(住民)と作業者にこれまで観察されたもっとも重要な健康影響は、精神衛生と社会福祉に関するものと考えられている。したがって、福島第一原発事故の健康影響を総合的に考える際には、精神衛生および社会福祉に関わる情報を得ることが重要である。

(注)精神衛生=人々が精神的に安定した生活を送れるようにし、PTSDやうつなど精神・神経疾患を予防すること。社会福祉=人々の生活の質、QOLを維持すること。

(4)福島県の住民の甲状腺被ばく線量は、チェルノブイリ原発事故後の周辺住民よりかなり低い。

(5)福島県の住民(子ども)の甲状腺がんが、チェルノブイリ原発事故後に報告されたように大幅に増える可能性を考える必要はない。

(6)福島県の県民健康調査における子どもの甲状腺検査について、このような集中的な健診がなければ、通常は発見されなかったであろう甲状腺の異常(甲状腺がんを含む)が多く発見されることが予測される。

(7)不妊や胎児への影響は観測されていない。白血病や乳がん、固形がん(白血病などと違い、かたまりとして発見されるがん)の増加は今後も考えられない。

(8)すべての遺伝的影響は予想されない。